Cold Coin Blues

もう分けてあげられない。
くる日もくる日も研ぎ続けて、小さくなりすぎたナイフでも、誰かの顔色を変える材料になる。ディテールに宿るのはうつくしさ、とは限らない。よくできたつくりものみたいなぼくの顔がうつりこんで、そいつをみていると、ぼくはぼくしかいないってことを、うっかり忘れそうになる。だれにも渡すわけにはいかなかったものが、言葉にしたとたん、だれかのものになる気がしてさみしい。
ゆきどけの水が山里を潤すように、生きられたなら。そんなふうに夢みながら、ごりごり削られていく石灰山のふもとで育つこどもたちの、声にならないブルース。歌われないうたは聞かれることはなく、問われることもなく、ますます歌われなくなって、それきりだ。
それは小さな物語だった。ほんの一瞬、指先がひやっとして、気まぐれに手放したくなったコインから順番に、ポケットからポケットへと旅立っていく。どんなものにも物語がある。それを読もうとする人さえいれば。